第74代横綱・豊昇龍と、第68代横綱・朝青龍。モンゴル出身の2人は、相撲界を代表する横綱であると同時に、叔父と甥という特別な関係でも知られています。しかし、2025年1月の豊昇龍の優勝をめぐって「叔父と最近は不仲だった」「長期間、連絡を取っていなかった」と報じられ、2人の関係に注目が集まりました。
実際、豊昇龍は2025年1月の初場所で優勝した時点では、朝青龍と疎遠だったと報じられています。一方、横綱昇進を前に電話で話し、朝青龍から激励を受けたことも本人の発言として伝えられました。2026年現在、2人の関係はどうなっているのでしょうか。家族構成、関係が変化した経緯、本人の発言、両者の実績を整理します。
【先に結論】豊昇龍と朝青龍は本当に不仲なのか?

豊昇龍と朝青龍の関係については、一時期、疎遠になっていたことは複数の報道から確認できます。ただし、2人が現在も不仲であると断定できる公表情報はありません。
2025年1月27日付の日刊スポーツは、豊昇龍と叔父の朝青龍が最近は不仲だったと報じました。関係が近づいたり、疎遠になったりする時期を繰り返していたという内容です。また、2025年2月5日付の週刊文春も、2人の関係が良好とは言い切れず、距離が生じていたと伝えています。
ところが、横綱昇進が決まる直前には、2人の間に変化がありました。豊昇龍は2025年1月28日に朝青龍と電話で話し、翌29日の昇進伝達式後の取材で、そのやり取りについて明かしています。
日刊スポーツの報道によると、豊昇龍は「久しぶりの電話だったのでうれしかった」と話し、朝青龍から「強くなったな」と言われたことを紹介しました。加えて、横綱としての自覚を持つよう助言されたことも明らかにしています。
この経緯から分かるのは、2人が単純に絶縁していたわけではなく、距離ができた時期を経て、重要な節目に再び言葉を交わしたということです。ただし、2025年の電話以降、2026年10月までの継続的な交流については、主要報道で具体的に確認できる情報が限られています。
したがって、「不仲説は完全なデマ」とも「現在も不仲が続いている」とも言い切れません。報道された過去の距離感と、実際に確認できる和解の経緯を分けて捉える必要があります。
【叔父と甥の関係】豊昇龍の家族構成と朝青龍とのつながり
豊昇龍と朝青龍の関係を理解するうえで、まず押さえたいのが家族のつながりです。豊昇龍は、元横綱・朝青龍の実の甥にあたります。
豊昇龍の本名はスガラグチャー・ビャンバスレン。日本相撲協会の公式プロフィールによると、1999年5月22日生まれで、モンゴルのウランバートル出身です。所属部屋は立浪部屋で、2025年1月に横綱昇進が決定しました。
一方、朝青龍の本名はドルゴルスレン・ダグワドルジ。1980年9月27日生まれで、同じくモンゴルのウランバートル出身です。豊昇龍の父・スガラグチャーさんは朝青龍の兄にあたります。
豊昇龍の家族構成
- 本人:豊昇龍智勝。立浪部屋所属の第74代横綱。
- 父親:スガラグチャーさん。元横綱・朝青龍の兄。
- 母親:ナルマンダフさん。
- 叔父:朝青龍明徳。第68代横綱で、幕内優勝25回を記録。
2023年7月の大関昇進時や2025年1月の横綱昇進時には、両親が節目を祝う姿も報じられました。日刊スポーツやスポニチの報道では、父親が息子の昇進を喜び、母親も激励の言葉を送っています。
こうした家族の背景から、豊昇龍はしばしば「格闘一家」の出身として紹介されます。ただし、家族に著名な横綱がいることと、豊昇龍自身の競技実績は分けて考えるべきです。大相撲では、血縁だけで番付が上がるわけではありません。
豊昇龍が相撲を始めたきっかけも叔父だった
豊昇龍は2015年に来日し、千葉県の柏日体高校(現在の日本体育大学柏高校)に留学しました。当初はレスリングに取り組んでいましたが、在学中に相撲へ転向しています。
2025年1月27日付の日刊スポーツは、高校時代の相撲部監督だった永井明慶氏の証言を紹介しました。それによると、豊昇龍は高校1年生の時に国技館で大相撲を初めて観戦し、叔父が活躍していた世界の大きさに感動したといいます。
つまり、朝青龍は豊昇龍にとって、単に有名な親戚という存在ではありません。相撲を志すきっかけに関わり、その後も比較され続けることになる大きな存在でした。この近さこそが、2人の関係を語る際に欠かせない背景です。
【関係性の変化を時系列で整理】13勝2敗と横綱昇進の真相
豊昇龍と朝青龍の関係をめぐる報道では、優勝成績と横綱昇進の時期が混同されることがあります。特に注意したいのが、2024年11月場所の13勝2敗と、2025年1月場所の優勝成績です。
豊昇龍が2025年初場所で優勝した際の成績は12勝3敗です。13勝2敗だったのは、前年の2024年九州場所で、優勝した琴櫻に次ぐ成績でした。この違いを踏まえて、2人の関係と昇進までの経緯を整理します。
| 時期 | 出来事 | 関係を読み解くポイント |
|---|---|---|
| 高校時代 | 豊昇龍がレスリングから相撲へ転向 | 叔父の活躍が相撲を志すきっかけの一つになった |
| 2024年11月場所 | 豊昇龍が13勝2敗で優勝次点 | 横綱昇進に向けて実績を積み重ねた |
| 2025年1月26日 | 初場所で12勝3敗、優勝決定戦を制して優勝 | 2度目の幕内優勝を達成し、横綱昇進が有力に |
| 2025年1月27日 | 優勝翌日の会見で、朝青龍からまだ連絡がないと説明 | この時点では、叔父からの連絡を待つ状況だった |
| 2025年1月28日 | 豊昇龍が朝青龍と電話で会話 | 疎遠だった時期を経て、横綱昇進前に交流が生まれた |
| 2025年1月29日 | 日本相撲協会が第74代横綱への昇進を正式決定 | 朝青龍から激励と横綱としての心構えを受けた |
| 2026年9月場所 | 豊昇龍が全休 | 横綱としての今後の復帰と成績が注目される状況に |
2025年1月場所の千秋楽、豊昇龍は王鵬、金峰山と12勝3敗で並び、優勝決定戦の巴戦を制しました。日刊スポーツやデイリースポーツは、この逆転優勝によって横綱昇進が確実になったと報じています。
日本相撲協会は1月29日の番付編成会議と臨時理事会で昇進を承認しました。昇進伝達式で豊昇龍が述べた四字熟語は「気魄一閃」。同じ言葉を大関昇進時にも用いていたことが報じられています。
この一連の出来事で重要なのは、優勝そのものだけではありません。叔父との関係が注目される中で、豊昇龍が自身の成績によって最高位への道を切り開いたことです。横綱昇進は家族関係の結果ではなく、土俵上の実績と日本相撲協会の正式な決定によって実現しました。
【不仲説の理由】比較への葛藤と報道された距離感
なぜ、豊昇龍と朝青龍は「不仲」と報じられるようになったのでしょうか。公表された情報からは、主に偉大な叔父との比較、長期間の疎遠、関係者を通じて伝えられた不和という3つの論点が浮かび上がります。
理由1:朝青龍と比較され続けるプレッシャー
豊昇龍は入門当初から「朝青龍の甥」という肩書で紹介されてきました。顔立ちやモンゴル出身という共通点に加え、同じ横綱まで上り詰めたことで、両者の比較は避けられないものになっています。
しかし、朝青龍は幕内優勝25回を誇る第68代横綱です。豊昇龍が横綱に昇進した時点では幕内優勝2回で、実績には大きな開きがありました。最高位に到達してもなお、叔父の記録が比較対象になる状況です。
2025年1月27日付の日刊スポーツは、豊昇龍が叔父との比較にうんざりしている様子を伝え、師匠の立浪親方も、2人は性格が異なると説明しています。豊昇龍には豊昇龍自身の取り口や個性があるにもかかわらず、家族関係が先に注目される。その構図が、関係性を難しく見せる要因になっていたと考えられます。
理由2:実際に連絡を取っていなかった時期があった
2025年2月5日付の週刊文春は、豊昇龍が初場所で優勝した頃、朝青龍と約1年間連絡を取っていなかったとする立浪部屋の後援者の証言を掲載しました。金銭面も絡んだ不和があったという内容も紹介されています。
ただし、この金銭面に関する説明は、本人たちが公の場で詳細を明かした発言ではなく、後援者を通じて報じられた情報です。具体的な経緯や双方の認識が公表されているわけではありません。そのため、金銭トラブルが不仲の確定的な原因だったと断言することはできません。
一方、一定期間連絡が途絶えていたという点は、横綱昇進前の電話を報じた複数の記事とも整合します。関係が常に良好だったわけではないものの、完全に断絶したままでもなかったことが、当時の報道から読み取れます。
理由3:叔父と甥でありながら、競技者としては別の道を歩む必要がある
朝青龍は豊昇龍にとって、相撲を始めるきっかけになった人物であり、同時に超えるべき目標でもあります。しかし、叔父の実績が大きいほど、甥は自分自身の評価を確立するまで比較され続けます。
日刊スポーツは2025年1月の報道で、朝青龍が豊昇龍ではなく金峰山にエールを送っていたことにも触れました。これが豊昇龍の奮起を促す意図だったのではないかという見方も示されていますが、本人がその意図を明言したわけではありません。
こうした周辺情報を含め、2人の関係は、単純に仲が良いか悪いかという二択では説明しにくいものです。家族としての近さと、勝負の世界で独立した力士として評価されたい気持ち。その両方が、関係性を複雑に見せていると考えられます。
【豊昇龍と朝青龍を比較】第74代と第68代、実績と相撲の違い
豊昇龍と朝青龍は、ともにモンゴル・ウランバートル出身で、立ち合いから勝負を動かす攻めの相撲を印象づけてきた横綱です。ただし、両者の競技人生や記録を比較すると、同じ点だけでなく違いも見えてきます。
朝青龍は幕内優勝25回を記録した第68代横綱
朝青龍は2003年3月に第68代横綱へ昇進し、2010年1月に現役を引退しました。日本相撲協会の歴代横綱一覧に記録されている幕内優勝は25回です。
強気な姿勢と攻撃的な相撲で知られ、平成期の大相撲を代表する横綱の一人となりました。豊昇龍にとっては、単に有名な親戚というだけでなく、目標として意識されるだけの実績を持つ人物です。
豊昇龍は投げ技も持ち味とする第74代横綱
豊昇龍は2018年1月場所で初土俵を踏み、2020年9月場所で新入幕、2023年9月場所で大関に昇進しました。そして2025年1月場所の優勝を経て、同月29日に第74代横綱への昇進が正式に決まり、同年3月場所から横綱として土俵に上がっています。
日本相撲協会の公式プロフィールでは、得意技は右四つ・寄り・投げとされています。四つ相撲に加えて投げ技を繰り出す技術も持ち味で、攻めの姿勢という共通点がある一方、取り口の細部まで朝青龍と同じわけではありません。
記録の差は、豊昇龍が今後目指す目標でもある
2026年9月場所終了時点で、日本相撲協会の公式プロフィールに記載されている豊昇龍の幕内優勝回数は2回です。朝青龍の25回とは大きな差があります。
ただし、両者は活躍した時代も横綱として歩んだキャリアも異なります。優勝回数だけで力士のすべてを評価することはできません。豊昇龍が朝青龍の記録を超えるかどうかは、今後の成績と競技人生によって決まることです。
「朝青龍の甥」という肩書は、豊昇龍にとって知名度を高める要素である一方、自分の実績を築くまで比較が続くという難しさもあります。横綱昇進によって同じ最高位に立ったことは、叔父との比較から解放されたというよりも、自身の記録を新たに積み上げる段階に入ったことを意味します。
【2026年現在】豊昇龍の近況と朝青龍との関係はどうなった?
2026年現在、豊昇龍は第74代横綱として現役を続けています。一方、朝青龍は現役を引退した元横綱です。両者の関係を考えるうえでは、豊昇龍の土俵上の状況と、叔父との交流について公に確認できる情報を分けて見る必要があります。
豊昇龍は2026年に休場が続いている
日本相撲協会の公式力士プロフィールによると、豊昇龍の2026年の成績は、初場所が10勝5敗、春場所が11勝4敗でした。その後、5月場所は0勝2敗13休、7月場所は7勝7敗1休となり、9月場所は全休しています。
日刊スポーツの2026年9月11日付報道によると、豊昇龍は7月場所で右膝を痛め、同月29日に靱帯を修復する手術を受けました。9月場所も復帰がかなわず、初日から休場しています。9月場所終了時点の公式記録は0勝0敗15休です。
横綱として再び安定した成績を残すためには、けがからの回復と土俵への復帰が大きな課題となっています。これは朝青龍との関係とは別の問題ですが、豊昇龍が自身の力士人生を築いていくうえで重要な局面です。
朝青龍との交流は、2025年の電話以降どうなったのか
2人の関係について、具体的に確認できる大きな節目は2025年1月28日の電話です。豊昇龍は翌日の取材で、朝青龍から「強くなったな」と言われたことや、横綱としての自覚を持つよう助言されたことを明かしました。
また、千葉日報が2025年1月29日に配信した記事でも、豊昇龍が約1年疎遠だった叔父に電話し、激励を受けた経緯が報じられています。少なくとも、この時点で2人が再び言葉を交わし、横綱昇進という節目を共有したことは明らかです。
ただし、その後も頻繁に連絡を取り合っているのか、以前のような親密な関係に戻ったのかについては、2026年10月時点で具体的な状況を裏付ける公表情報が限られています。横綱昇進時の電話をもって、すべての問題が解消したとまでは言えません。
一方で、過去の不仲報道だけを根拠に、現在も関係が悪いと判断するのも適切ではありません。確認できる事実は、疎遠だった時期が報じられたこと、横綱昇進前に電話で話したこと、朝青龍が甥に激励を送ったことです。それ以降の関係については、本人たちの新たな発言や具体的な交流報道が判断材料になります。
【プロの結論】豊昇龍と朝青龍の関係を見極める3つのポイント
豊昇龍と朝青龍の関係を理解するうえで大切なのは、血縁、競技者としての自立、そして報道された事実を混同しないことです。話題性の高い「不仲説」だけを追うと、2人の関係の一部しか見えなくなります。
1. 「叔父と甥」という事実と、性格や関係性の評価を分ける
豊昇龍が朝青龍の甥であることは、家族関係として確認できる事実です。しかし、親族だから常に仲が良いはずだという見方も、逆に疎遠だった時期があるから現在も不仲だという見方も、必ずしも成り立ちません。
家族の関係は時期によって変化します。2人の場合も、相撲を始めるきっかけになった叔父と、独自の力士人生を歩もうとする甥という複数の側面を踏まえる必要があります。
2. 報道された証言と本人の発言を区別する
2025年の不仲報道には、相撲担当記者や後援者による証言が含まれています。こうした情報は関係性を理解する手がかりになりますが、金銭面の不和などの詳細まで、本人たちが公に認めた事実と同じ扱いにはできません。
一方、豊昇龍本人が取材で明かした電話の内容は、本人の発言として確認できる情報です。「久しぶりの電話だったのでうれしかった」という言葉は、少なくとも横綱昇進前のやり取りを豊昇龍が前向きに受け止めていたことを示しています。
3. 比較するなら、血縁よりも土俵上の実績に注目する
朝青龍は幕内優勝25回を誇り、豊昇龍は2025年に第74代横綱となりました。両者の記録を比較することには意味がありますが、豊昇龍の価値を叔父との優勝回数の差だけで判断するのは早計です。
豊昇龍には、けがからの復帰、横綱としての安定した成績、幕内優勝回数の積み重ねという自身の課題があります。朝青龍の名前から完全に離れられるかどうかよりも、豊昇龍がどのような実績を残し、自分自身の評価を確立していくかに注目することが、競技者としての姿を正しく理解する手がかりになります。
【豊昇龍朝青龍】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:豊昇龍と朝青龍は現在も不仲なのですか?
A1:2025年1月の優勝前後には疎遠だったと報じられていますが、横綱昇進前には電話で話し、朝青龍から激励を受けています。2026年10月現在、継続的な交流状況を判断できる公表情報は限られており、現在も不仲だとは断定できません。
Q2:豊昇龍は朝青龍の息子ですか?
A2:いいえ。豊昇龍は朝青龍の甥です。豊昇龍の父・スガラグチャーさんが朝青龍の兄にあたります。豊昇龍自身はモンゴル出身で、立浪部屋に所属する第74代横綱です。
Q3:豊昇龍は2025年初場所で13勝2敗の優勝を果たしたのですか?
A3:いいえ。2025年初場所は12勝3敗で、王鵬、金峰山との優勝決定戦を制して優勝しました。13勝2敗は2024年11月場所の成績で、この場所では優勝次点でした。豊昇龍は2025年1月29日に第74代横綱への昇進が正式に決まりました。
まとめ:豊昇龍と朝青龍は、それぞれの道で評価される存在へ
豊昇龍と朝青龍は、モンゴル出身の叔父と甥であり、ともに横綱に到達した力士です。朝青龍は幕内優勝25回を誇る第68代横綱、豊昇龍は2025年に第74代横綱となった現役力士。それぞれの競技人生には、明確なつながりと違いがあります。
2025年には、2人が一時期疎遠だったことが報じられました。しかし、豊昇龍が横綱昇進前に電話で話し、朝青龍から「強くなったな」と激励されたことも確認できます。現在の関係を一言で決めつけるよりも、こうした経緯を踏まえて捉えることが大切です。
2026年の豊昇龍は、右膝のけがによる休場を経て、再び横綱として土俵に立つことが課題となっています。今後の注目点は、復帰後の成績と、幕内優勝をさらに積み重ねられるかどうかです。叔父の記録を超えるかという比較だけでなく、豊昇龍自身がどのような横綱像を築いていくのか。その歩みこそが、今後も注目すべきポイントです。