大相撲で横綱が平幕力士に敗れた瞬間、客席から座布団が次々と舞い上がる。テレビ中継でも目を引くこの光景は「座布団の舞」と呼ばれ、番狂わせを象徴する場面として知られています。しかし、2026年現在、相撲観戦中に座布団を投げる行為は日本相撲協会が明確に禁止している迷惑行為です。伝統的な風習として知られているにもかかわらず、なぜ禁止され、今もなくならないのでしょうか。
背景にあるのは、江戸時代から明治時代にかけて行われた、ひいきの力士に祝儀を渡すための「投げ纏頭(なげはな)」という風習です。現在の座布団投げは、その名残とされています。一方、飛んだ座布団が力士や観客に当たれば、けがや事故につながる危険があります。2025年の名古屋場所や2026年の本場所でも座布団が舞う場面が報じられました。歴史的な由来から観戦約款、刑事責任や損害賠償の可能性まで、相撲座布団投げの実態を整理します。
【なぜ投げる?】金星と「座布団の舞」に隠された意味

相撲で座布団が投げられる代表的な場面は、横綱が平幕力士に敗れるなど、大きな番狂わせが起きたときです。観客の驚きや興奮、勝者への称賛が一斉に表れ、客席から座布団が飛び交います。
特に関係が深いのが「金星」です。金星とは、幕内の平幕力士が横綱に勝ったときに記録される特別な勝ち星を指します。大きな実力差があると見られた相手を破る一番は、相撲ファンにとっても印象的な出来事です。そのため、金星が生まれた直後に座布団が舞う光景が見られることがあります。
ただし、金星が出れば必ず座布団が投げられるわけではありません。また、座布団投げが起きる場面は金星に限らず、優勝争いを左右する一番や横綱同士の対戦などにも及びます。金星は座布団投げが起こりやすい代表的な契機であって、両者が同じ意味を持つわけではありません。
元力士しんざぶろうの解説でも、横綱が平幕に敗れる一番や全勝力士が敗れる場面、横綱同士の対戦など、観客の感情が大きく動く取組が座布団投げのきっかけとして挙げられています。
ここで押さえたいのは、現在の「座布団の舞」が公式に認められた祝賀儀式ではないという点です。かつての祝儀文化とは異なり、今は観客が興奮を表現する行為として残っています。見た目の華やかさと、実際に許される観戦マナーは分けて考える必要があります。
【明治時代からの歴史】投げ草の由来と「投げ纏頭」の関係
座布団投げの由来を理解するには、現在の座布団とは異なる物が投げられていた時代までさかのぼる必要があります。相撲の歴史を紹介する日本相撲協会の公式解説では、江戸時代に盛んだった「纏頭(はな)」という祝儀の風習が、現在の座布団投げにつながったと説明されています。
「投げ草」の由来として語られるこの風習の中心的な名称が、「投げ纏頭(なげはな)」です。観客が応援する力士の勝利や見事な取組をたたえ、自分の羽織や帽子など、持ち主を特定できる品物を土俵へ投げ入れる。力士側が品物を持ち主に返す際、観客が祝儀を渡すという仕組みでした。
現代の感覚では、着ている物を投げ入れるのは不思議に思える可能性があります。しかし、当時は応援する力士に祝儀を渡し、直接的なつながりを築くための風習でもありました。現在の懸賞金制度と完全に同一ではないものの、力士の活躍に対して金品で報いる文化という点では共通する部分があります。
日本相撲協会の公式クイズ解説によると、この投げ纏頭の風習は明治42年(1909年)に禁止されました。祝儀を渡すために品物を投げ入れる行為は、相撲が近代的な興行として整備されていく過程で姿を消していったのです。
その後も、観客が物を投げる行為そのものが完全になくなったわけではありません。投げる物が羽織などから座布団へと変化し、番狂わせの際に客席から座布団が飛ぶ光景が残ったとされています。ただし、座布団投げがいつ、どのような経緯で現在の形に定着したのかについては、歴史的な風習と現代の観戦行動を区別して理解することが大切です。
つまり、座布団投げは古くからの祝儀文化とつながりを持つ一方、現在も同じ意味や制度が維持されているわけではありません。由来が伝統的であることは、現代の会場で投げる行為が認められる理由にはならないのです。
【歴史と対策を比較】座布団投げをめぐる主な出来事
相撲の座布団投げをめぐる歴史は、祝儀文化の変化と、事故防止に向けた運営側の対策という二つの流れから見ると理解しやすくなります。日本相撲協会の公式解説や日刊スポーツなどの報道をもとに、主な経緯を整理しました。
| 時期 | 主な出来事 | 意味・現在との関係 |
|---|---|---|
| 江戸時代 | 「投げ纏頭」と呼ばれる祝儀の風習が行われる | 羽織などを投げ入れ、返却時に力士へ祝儀を渡す文化が広まった。 |
| 明治42年(1909年) | 投げ纏頭の風習が禁止される | 現在の座布団投げの由来とされる旧来の習慣が制度上禁止された。 |
| 2008年(平成20年) | 九州場所で座布団の形状を変更 | 4人用マス席の座布団を、連結した長方形の2人用座布団2枚に変更し、投げにくくする対策を導入。 |
| 2010年(平成22年) | 稀勢の里が白鵬の連勝を63で止める | 九州場所では座布団が舞わず、観客は立ち上がって健闘をたたえたと報じられた。 |
| 2012年(平成24年) | 相撲競技観戦契約約款が施行 | 5月1日の施行により、禁止行為や退場などの取り扱いが約款に定められた。 |
| 2025年(令和7年) | 名古屋場所で座布団が飛ぶ場面が報じられる | 協会が観戦マナーへの協力を呼びかけ、危険な行為を避けるよう注意喚起した。 |
| 2026年(令和8年) | 本場所でも座布団が舞う場面が報じられる | 禁止の周知や座布団の形状変更だけでは、すべての会場で投げる行為をなくせていない実態がうかがえる。 |
2008年の対策は、座布団投げを防ぐ工夫として特に大切です。日刊スポーツの2008年10月16日付報道によると、九州場所では4人用マス席の拡大に合わせて、従来の正方形の座布団4枚を、長方形の2人用座布団2枚へ変更。加えて、座布団同士をひもで縫いつなぐ工夫が施されました。
日本相撲協会の公式クイズでも、この形状変更によって九州場所では座布団が舞わなくなったと紹介されています。2010年には稀勢の里が当時の横綱白鵬の連勝を63で止めた際にも、座布団が飛ばなかったことが取り上げられました。
ただし、これは全会場で同じ座布団が使われているという意味ではありません。協会の公式解説では、九州場所の工夫を紹介する一方、ほかの会場では現在も正方形の1人用座布団が使われていると説明しています。座布団の形状変更は有効な対策ですが、全国一律に座布団投げがなくなったわけではないのです。
【現在は禁止】日本相撲協会の観戦約款と処分のルール
2026年現在、大相撲の座布団投げは日本相撲協会が禁止している行為です。「昔からの風習だから問題ない」「横綱が負けたときだけなら許される」といった理解は正しくありません。
日本相撲協会の公式サイトに掲載されている「相撲競技観戦契約約款」は、競技の円滑な進行と、観客が安全かつ平穏に観戦できる環境を確保することを目的としています。第8条の禁止行為には、土俵や座席、通路、階段などへの物品の投げ入れが含まれています。また、自分や他人の生命、身体、財産に危険を及ぼすおそれのある行為も禁止対象です。
会場ごとの観戦案内でも、座布団を投げないよう繰り返し注意喚起されています。日本相撲協会の観戦ガイドには、けがにつながる可能性があるため座布団を投げないこと、取組中の席の移動を控えること、力士や審判に触れないことなどが記されています。
約款に違反した場合、主催者は入場を拒否したり、観客を退場させたりすることができます。禁止行為をした人などについて、以後の入場券の販売を拒否する対象に指定できる規定もあります。入場拒否や退場となった場合、入場料が払い戻されない取り扱いも定められています。
一方、「座布団を投げたら必ず一定額の罰金を支払う」という一律の罰金制度が定められているわけではありません。会場での処分は観戦約款に基づくものであり、刑事責任や民事上の損害賠償は、それぞれの法律と具体的な状況に応じて判断されます。
2025年7月には、日本相撲協会が公式Xで観戦マナーへの協力を呼びかけたことが報じられました。同場所では座布団が舞う場面に加え、物言い中の手拍子やコールなども話題になりました。2026年にも座布団が飛ぶ場面が報じられており、禁止規定が存在することと、現場での違反を完全に防げていることは別問題です。
【危険性と法律】座布団投げは暴行罪・傷害罪や損害賠償の対象になる?
座布団投げが禁止される理由は、単に伝統的な作法に反するからではありません。観客が密集する会場では、投げた座布団が狙った場所に落ちるとは限らず、力士や行司、審判、土俵付近で待機する関係者、周囲の観客などに当たる危険があります。
特に注意が必要なのは、座布団が前方の観客や土俵近くの人に直撃するケースです。頭部や顔、目に当たれば重大なけがにつながりかねません。座布団が照明機材など館内上部の設備に衝突した場合も、落下や設備の損傷など、思わぬ事故を引き起こすおそれがあります。
実際に、2025年の名古屋場所では、横綱豊昇龍が敗れた直後に飛んだ座布団が、土俵近くで待機していた天空海の胸に当たったと報じられました。報道によると、けがには至らなかったものの、投げられた物が取組に直接関係する力士にも届き得ることを示した事例です。
では、座布団を投げた人は法律上どのような責任を負うのでしょうか。主に考えられるのは、次の3つです。
1.暴行罪
刑法208条の暴行罪は、相手にけがをさせていなくても成立する場合があります。座布団を投げる行為についても、投げ方や周囲の状況、故意の有無などによっては暴行罪に問われる可能性があります。人に当てるつもりがなかったという事情だけで、必ず責任を免れるとは限りません。
2.傷害罪・過失傷害罪
投げた座布団が人に当たり、けがをさせた場合には、刑法204条の傷害罪が成立する可能性があります。また、故意が認められない場合でも、事故の経緯によっては過失傷害罪が問題になることがあります。どの罪が成立するかは、投げた状況や認識、実際の結果などを踏まえて判断されます。
3.民事上の損害賠償
座布団を投げたことで他人にけがをさせたり、物を壊したりした場合、民法709条の不法行為に基づき、損害賠償を請求される可能性があります。治療費や通院に伴う損害など、実際に発生した損害が請求の対象になり得ます。
弁護士ドットコムで紹介された弁護士の解説でも、座布団を投げる行為自体が暴行罪に該当する可能性や、けがをさせた場合の傷害罪、民事上の損害賠償責任が指摘されています。ただし、投げた人が必ず逮捕される、必ず罰金を科される、必ず損害賠償を支払うといった一律の結論になるわけではありません。
重要なのは、観戦約款上の禁止行為と、刑事・民事上の責任を区別することです。けがが発生していなくても会場のルールに違反する可能性があり、実際に被害が生じれば、別途、法律上の責任が問われることがあります。
【2026年の実態】座布団の舞はなくならない?元力士の解説と観戦マナー
2026年現在も、大相撲では金星や大きな番狂わせの直後に座布団が飛ぶ場面が報じられています。2026年1月には、義ノ富士が横綱豊昇龍を破った一番で座布団が舞い、同年9月にも高安が横綱大の里を破った際に座布団が飛ぶ光景が報じられました。
こうした場面が残っている背景には、長年にわたり相撲中継で目にしてきた光景が、観客の間で「相撲らしい盛り上がり」として受け止められてきたことがあります。横綱の敗北という予想外の出来事に対し、周囲の観客が一斉に反応することで、投げる行為が連鎖する場合も考えられます。
しかし、映像で見る「座布団の舞」と、実際に会場で観戦する人の安全は別の問題です。投げられた座布団は、テレビ画面の外にいる観客にも向かいます。周囲が投げているからといって、自分も投げてよいことにはなりません。
元力士しんざぶろうの解説は、座布団投げの起源だけでなく、どのような取組で発生しやすいか、なぜ危険なのかという観点からも理解を助けます。力士の勝敗に心を動かされることと、観戦の場で他人を危険にさらす行為を選ぶことは切り離して考えるべきです。
では、金星が生まれたときに、観客はどのように喜びを表現すればよいのでしょうか。拍手や声援で勝者をたたえる、周囲の人と感動を共有する、取組の余韻を味わうといった方法であれば、座布団を投げずに熱戦への興奮を表現できます。
【プロの結論】座布団投げの歴史を知ることと、実際に座布団を投げることは別です。投げ纏頭という旧来の風習は、当時の祝儀文化を知るうえで興味深い歴史ですが、現代の会場では安全確保と観戦マナーが優先されます。伝統を尊重するのであれば、その背景を理解しながら、現在のルールに沿って力士を応援することが大切です。
【相撲座布団投げる】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:相撲で座布団を投げる理由は何ですか?
A1:江戸時代から伝わる「投げ纏頭」という祝儀の風習が由来とされています。現在は、金星や横綱の敗北など、大きな番狂わせが起きた際に観客の興奮や勝者への称賛を示す行為として見られます。ただし、現在の座布団投げは正式に認められた儀式ではありません。
Q2:大相撲の座布団投げは禁止されていますか?
A2:はい。日本相撲協会の相撲競技観戦契約約款では、土俵や座席、通路などへの物品の投げ入れが禁止されています。観戦案内でも、けがなどの危険があるため座布団を投げないよう呼びかけています。
Q3:座布団を投げると罰金を取られますか?
A3:座布団投げに対して一律の罰金額が定められているわけではありません。ただし、観戦約款に基づく退場や入場券の販売拒否などの措置を受ける可能性があります。人にけがをさせた場合には、刑事責任や損害賠償責任が生じることもあります。
Q4:座布団投げは暴行罪や傷害罪になりますか?
A4:状況によっては成立する可能性があります。けががなくても暴行罪が問題になる場合があり、座布団を当ててけがをさせた場合には傷害罪などが検討されます。具体的な判断は、投げた状況や故意の有無、被害の程度などによって異なります。
Q5:なぜ九州場所では座布団が飛びにくいのですか?
A5:2008年に九州場所の4人用マス席で、正方形の座布団4枚から、ひもで連結した長方形の2人用座布団2枚へ変更する対策が導入されたためです。日本相撲協会の公式解説でも、座布団が飛びにくい形状への変更が紹介されています。ただし、ほかの会場では異なる形状の座布団が使われています。
まとめ:座布団投げの伝統と現在のルールを正しく理解する
相撲の座布団投げは、江戸時代から続く祝儀文化「投げ纏頭」に由来するとされ、金星や横綱の敗北など、観客が大きく沸く取組で見られるようになった風習です。しかし、明治42年に投げ纏頭が禁止された後も、物を投げる行為が形を変えて残り、現在の座布団の舞につながったと考えられています。
2026年現在、日本相撲協会の観戦約款では物の投げ入れが禁止されており、座布団投げは観戦マナー違反に当たります。事故が起きれば暴行罪や傷害罪などの刑事責任、民事上の損害賠償責任が問題になる可能性もあります。2008年に九州場所で座布団の形状を変更するなど対策が進められてきましたが、実際の取組では今も座布団が飛ぶ場面が報じられています。
伝統の背景を知ることは、相撲の歴史や観戦文化を深く理解するきっかけになります。一方で、過去に行われていた風習だからといって、現在も同じ行為が許されるわけではありません。金星の喜びや熱戦への感動は、拍手や声援で表現する。力士と観客の双方が安心して相撲を楽しめる環境を守ることが、これからの大相撲観戦に求められています。