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三億円事件の犯人は現在も生きている?2026年最新の真相と少年S説を徹底解説

藤崎 智也 藤崎 智也 • 更新: • 公開: • 読了約 18 分
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1968年12月10日、東京都府中市で発生した「三億円事件」。白バイ警察官を装った男が、東芝府中工場の従業員に支給される予定だった現金約2億9430万円を奪い、姿を消した。大量の遺留品が残され、警察による大規模な捜査が行われたにもかかわらず、犯人は特定されないまま、1975年12月10日に公訴時効が成立した。

2026年現在も、真犯人の氏名や生死を裏付ける確かな情報は公表されていない。一方、警察官の息子だった「少年S」をめぐる犯人説や、2018年に小説投稿サイトで話題になった自称犯人「白田」の告白など、事件の真相をめぐる議論は続いている。事件の経緯、捜査の盲点、諸説の根拠と限界を整理し、現在わかっていることを解説する。

【三億円事件とは】府中市で起きた現金輸送車強奪事件の全貌

三億円事件犯人現在

三億円事件の正式な事件名は「現金輸送車強奪事件」。事件が起きたのは、東京都府中市の府中刑務所北側を走る道路だった。

1968年12月10日午前9時20分ごろ、日本信託銀行国分寺支店から東芝府中工場へ、従業員の冬のボーナスを運ぶ現金輸送車が走行していた。積まれていた現金は、正確には2億9430万7500円。現在の物価や賃金水準と単純比較はできないものの、当時として極めて巨額の現金だった。

そこへ現れたのが、白バイ警察官のような服装をした男だった。男は輸送車を停止させ、銀行の支店長宅が爆破されたことや、車に爆弾が仕掛けられていることを告げた。車体の下で発煙筒を作動させ、爆発の危険があると信じ込ませると、乗員を車から遠ざけ、その隙に現金輸送車ごと走り去った。

犯行はわずか数分間とされる。男が残した白バイも偽物だった。警察官らしい外見、爆発物への恐怖、乗員を退避させる一連の行動が組み合わさり、現金を守る側の人間が、結果として車を明け渡す状況が作られたのである。

共同通信が2018年の事件発生50年に合わせて報じた特集では、現場に残された指紋などの物証に着目していた元捜査員の心残りも紹介された。事件は単なる大胆な窃盗ではなく、犯行計画、現場の心理誘導、逃走手段、当時の鑑識技術が複雑に絡み合った事件だった。

【事件発生から時効成立まで】三億円事件の捜査経緯を年表で整理

犯人がすぐに逮捕されなかったことは、当時の捜査関係者にとっても大きな誤算だった。現場には偽装白バイや関連品など、多数の遺留品が残されていたからだ。しかし、物が多く残されていることと、持ち主を特定できることは同じではなかった。

フジテレビが公開している事件年表や、共同通信の取材資料を紹介した報道をたどると、事件発生から公訴時効成立までの主な経緯は次のように整理できる。

時期 出来事 捜査上の意味
1968年12月10日 東京都府中市で現金輸送車強奪事件が発生 約2億9430万円が奪われ、特別捜査本部が設置された
1968年12月21日 犯人のモンタージュ写真が公開 目撃証言をもとに犯人像の周知が図られた
1969年4月9日 逃走に関連する車両などが発見された 逃走経路の解明につながる可能性があったが、犯人の特定には至らなかった
1969年以降 遺留品の分析や関係者への聞き込みが続く 大量の捜査資料が集まった一方、決定的な身元特定には結びつかなかった
1975年12月10日 公訴時効が成立 犯人が検挙されないまま、刑事事件としての公訴時効を迎えた

捜査の規模も異例だった。テレビ東京プラスが2021年に掲載した事件特集では、投入された警察官は延べ17万人、容疑者リストに載った人物は約11万人と紹介されている。これだけの捜査を経ても犯人を特定できなかったことが、事件の謎を深める一因となった。

なお、1975年12月10日に成立したのは刑事事件の公訴時効である。犯人が判明したという意味でも、事件の真相が解明されたという意味でもない。時効成立によって捜査の歴史に区切りがついた一方、犯人をめぐる疑問は残された。

【犯人は2026年現在も生きているのか】年齢推定と現在の実態

三億円事件の犯人が現在も生きているのか。この疑問に対する答えは、生存を確認する情報も、死亡を確認する情報もなく、断定できないというものだ。

当時の目撃証言などから、犯人像については18〜25歳程度の男性という推定が紹介されてきた。この年齢推定が正しければ、2026年にはおおむね70代後半から80代前半に達している計算になる。

ただし、これはあくまでも当時の犯人像に関する推定から導いた年齢である。目撃者が見た人物の年齢が正確だったとは限らず、実行犯が複数人だった可能性も否定できない。したがって、特定の人物の現在の年齢や生死を導き出せるものではない。

また、2026年10月時点で、真犯人の身元や生死を確定する新たな公的発表は確認されていない。2025年12月の文春オンラインの特集も、事件を公訴時効成立から50年を経た未解決事件として取り上げ、作家・松本清張が提示した犯人像などを紹介している。これは新たな犯人が確定したという報道ではない。

事件が未解決である以上、犯人が存命であれば、現在の生活の中に事件の記憶を抱えている可能性はある。しかし、それは想像の域を出ない。現在の居住地、職業、家族構成、死亡時期などを裏付ける信頼できる公開情報はなく、特定の人物の生活を真犯人の現在として紹介することはできない。

【少年Sと父親の関与説】有力視された理由と決定的な証拠の壁

三億円事件の犯人説の中でも、長く語られてきたのが「少年S」説だ。事件当時19歳だったとされる少年Sは、警察官の父親を持ち、捜査関係者や事件を追ったジャーナリストの取材を通じて、事件との関連が取り沙汰されてきた。

テレビ東京プラスが2021年に掲載したジャーナリストの取材内容によると、少年S説では、偽装白バイに付着していた新聞紙の切れ端や、現金を入れていたジュラルミンケースに付着した土などが論拠として挙げられている。少年の居住地域と新聞の配布地域の関係、少年宅周辺の土との類似性などが注目されたという。

ただし、こうした情報は状況証拠として紹介されているものであり、それだけで犯人と断定することはできない。特定の地域に新聞が配布されていたことや、土の成分が似ていることは、本人が犯行に及んだことを直接証明するものではない。

加えて、少年Sは事件から5日後の1968年12月15日に死亡したと報じられている。死因や死亡に至る経緯については、後年の取材でさまざまな見方が示されてきたが、少年Sが真犯人だったと確定したわけではない。本人が死亡しているため、裁判で犯行の有無を明らかにする機会もなかった。

父親についても、警察官だったことや息子をめぐる疑惑が報道されてきたことと、事件への関与が証明されたことは別問題だ。父親が犯行を指示した、捜査を妨害した、あるいは証拠を隠したといった説について、犯行への関与を確定できる公的な証拠や司法判断は確認されていない。

父親のその後の生活や現在についても、確実な公開情報は限られている。事件との関係が取り沙汰された人物の家族であることだけを根拠に、本人や家族を犯人扱いすることはできない。

少年S説を検討する際に大切なのは、捜査対象として浮上した経緯、後年の取材で提示された状況証拠、そして犯人と確定するために必要な証明を区別することだ。疑いが生じたことと、真犯人だったことの間には、埋められていない隔たりがある。

【自称犯人・白田の告白】小説投稿サイトの「真相」は本物なのか

三億円事件をめぐる議論を再び活発にした出来事の一つが、2018年に小説投稿サイト「小説家になろう」で公開された「府中三億円事件を計画・実行したのは私です。」という作品だった。

J-CASTニュースの2018年10月の記事によると、作品は同年8月8日に投稿が始まり、9月23日に完結。約8万字に及ぶ一人称の物語で、語り手は「白田」と名乗っていた。タイトルどおり、三億円事件を自分が計画・実行したと主張する内容だったため、インターネット上で注目を集めた。

作品では、白田が少年Sに相当する人物と計画を練った後、最終的には別の人物とともに犯行を実行したという筋書きが描かれている。警察手帳や現場の遺留品など、事件に関する具体的な描写も盛り込まれていた。

しかし、物語に事件の細部が描かれていることと、作者が実際の犯人であることは別である。J-CASTニュースは、作品が小説のような文体で書かれていたことや、当時の写真などの決定的な物証が示されていなかったこと、描写のつじつまを疑問視する声があったことを伝えている。

2018年に話題となったこの告白については、後にライブドアニュースに再掲載されたBLOGOS編集部の取材記事もある。記事では、白田を名乗る作者とのメールインタビューが紹介され、作者は執筆や投稿に息子が関わったと説明していた。ただし、インタビューで本人を名乗る人物と連絡が取れたこと自体は、その人物が三億円事件の実行犯だったことを証明するものではない。

また、作品の中には家族や恋人、共犯者をめぐる物語上の設定も登場する。それらは作品内の主張であり、実際の事件関係者の経歴や家族構成として扱うことはできない。作者の身元や犯行への関与を独立して裏付ける証拠が示されていない以上、白田の告白を事件の真相と断定する根拠は不足している。

つまり、白田の告白は三億円事件を考えるうえで興味深い読み物であり、当時の世論を動かした話題の一つではあるものの、真犯人の正体を確定させる証言とは位置づけられない。

【なぜ未解決なのか】犯人像・目撃証言・捜査の盲点を検証

三億円事件が未解決に終わった理由は、一つではない。犯行そのものは短時間で終わった一方、準備段階から逃走後に至るまで、犯人を特定するための情報が複数の障壁にぶつかった。

第一の壁は、遺留品の多さが身元特定に直結しなかったことだ。現場には偽装白バイ、発煙筒、衣類など、120点を超える遺留品が残されたとされる。資料によっては124点と表記されている。しかし、その多くは市販品や盗難品などで、持ち主を一人に絞り込む決定打にはならなかった。

第二の壁は、犯人像をめぐる目撃証言とモンタージュ写真の問題だ。事件発生後、警察は犯人の顔を示すモンタージュ写真を公開した。だが、後年の取材では、写真の作成経緯や、そもそも現場の目撃者が犯人の顔をどこまで正確に見ていたのかについて疑問が提示されている。

テレビ東京プラスが紹介したジャーナリストの取材では、公開されたモンタージュ写真の元になった人物についても独自の見解が示された。ただし、これは取材者が提示した説明として理解する必要があり、写真だけを根拠に真犯人の身元を特定することはできない。

第三の壁は、犯行計画と現金輸送の事情をどこまで把握していたかという問題だ。犯人は、現金輸送車が通る時間帯や経路を知り、警察官らしい姿で乗員の判断を誘導した。こうした手際から、関係者に近い人物だったのではないかという見方が生まれた。しかし、計画的な犯行であることは、特定の銀行員や工場関係者、警察関係者が犯人だったことを意味しない。

第四の壁は、事件当時の科学捜査の限界である。現在のDNA型鑑定や防犯カメラ、デジタル記録を前提に当時の捜査を評価することはできない。指紋や遺留品が残されていても、それらを犯人個人の身元と結びつけるための情報が不足していれば、捜査は行き詰まる。

共同通信の2018年の特集では、当時の元捜査員が、目撃者への聞き込みだけでなく物証を重視する必要性を振り返っている。大量の遺留品がありながら犯人逮捕に至らなかったことは、捜査の規模だけでは事件を解決できないという現実を示している。

そして、1975年12月10日に公訴時効が成立した。時効によって過去の捜査がすべて無意味になったわけではないが、犯人を刑事裁判にかけて責任を問う道は閉ざされた。現在も真相が明らかになっていないのは、さまざまな説が存在する一方で、それらを一つの確定した結論に結びつける証拠が不足しているためだ。

【プロの結論】三億円事件の真犯人説を見極める判断基準

三億円事件の犯人説を検討するとき、最も重要なのは「どれほど筋が通っているように見えるか」と「事実として立証されているか」を分けて考えることだ。

少年S説には、警察官の息子という背景や、後年の取材で提示された状況証拠がある。白田の告白には、事件の細部を盛り込んだ具体的な物語がある。どちらも事件への関心を引きつける要素を持つが、具体性や意外性だけで真実性が保証されるわけではない。

情報を見極める際は、次の3点を確認したい。

  • 証拠の種類:目撃証言、状況証拠、本人の告白、物理的な証拠を区別する。複数の状況証拠があっても、必ずしも犯人と断定できるわけではない。
  • 独立した裏付け:一つの取材者や一人の告白者の主張だけでなく、別の資料や証言によって裏付けられているかを確認する。
  • 事実と物語の境界:小説、再現ドラマ、推理記事で描かれた会話や人間関係を、実際に起きた出来事と混同しない。

この基準に照らすと、2026年現在の三億円事件について、真犯人の名前や生存状況を断定できる段階にはない。少年S説も白田の告白も、事件をめぐる仮説や主張としては検討対象になるが、真犯人が確定したという結論にはつながっていない。

未解決事件の真相に近づくために必要なのは、最も劇的な物語を選ぶことではない。証拠が何を示し、何を示していないのかを分け、推理と事実の境界を保つことだ。それが、三億円事件の長い捜査史から読み取れる教訓でもある。

【三億円事件犯人現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:三億円事件の犯人は2026年現在も生きていますか?
A1:生存しているかどうかは不明です。当時の犯人像の推定に従えば、現在は70代後半から80代前半に達している可能性がありますが、真犯人が特定されていないため、生死を断定する情報はありません。

Q2:三億円事件の真犯人は少年Sだったのですか?
A2:少年Sは犯人説の一つとして取り上げられてきましたが、真犯人と確定したわけではありません。後年の取材では状況証拠が紹介されていますが、犯行を立証する決定的な証拠として公的に確定したものではありません。

Q3:少年Sの父親は事件に関与していたのですか?
A3:父親が警察官だったことなどから関与説が語られてきましたが、犯行への関与を裏付ける確定的な証拠や司法判断は確認されていません。父親のその後の生活についても、確かな公開情報は限られています。

Q4:自称犯人の白田は本当に三億円事件の犯人ですか?
A4:白田を名乗る人物は、2018年に小説投稿サイトで事件を計画・実行したと主張する作品を公開しました。しかし、作品の具体性や作者とのメールインタビューだけでは、実際の犯人だったことは証明できません。告白は未立証の主張として扱う必要があります。

Q5:三億円事件はいつ時効になりましたか?
A5:1975年12月10日に公訴時効が成立しました。事件発生は1968年12月10日で、犯人が特定されないまま7年が経過したことになります。

Q6:奪われた約3億円は現在どうなっていますか?
A6:現金の行方は明らかになっていません。犯人がどこに隠したのか、使ったのか、別の場所へ移したのかを確定できる情報はなく、現金の行方も事件に残された大きな謎の一つです。

まとめ:三億円事件の現在と今後の真相解明

三億円事件は、1968年12月10日に東京都府中市で発生し、東芝府中工場のボーナス約2億9430万円が奪われた現金輸送車強奪事件だ。大規模な捜査と多数の遺留品がありながら犯人は特定されず、1975年12月10日に公訴時効が成立した。

2026年現在も、真犯人の正体や生死は明らかになっていない。少年S説には状況証拠をめぐる議論があり、自称犯人・白田の告白も話題になったが、いずれも事件を解決に導く確定的な証拠とはなっていない。

今後、新たな資料や信頼できる証言が公表されれば、事件の理解が進む可能性はある。しかし、真相解明への期待と、現時点で確認できる事実は区別しなければならない。三億円事件が問いかけるのは、単に「犯人は誰か」という謎だけではない。多くの情報が集まっても、確かな証拠によって結びつけられなければ真相には届かないという、捜査と情報検証の難しさでもある。

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藤崎 智也

アニメ・漫画の情報を担当。制作会社と出版社の公式告知、雑誌の最新号情報を確認して、放送日と単行本の発売日を整理します。

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