追手風親方は現在どうしているのか。2026年、大相撲ファンの関心を集めたのが、元幕内・大翔山として知られる追手風親方の敗血症からの復帰です。2026年3月8日の春場所初日、約4カ月の入院と複数回の手術を経て職務に復帰したことが報じられました。その後、日本相撲協会の理事にも選任され、追手風部屋の師匠としてだけでなく、協会運営を担う立場でも活動しています。
追手風親方の本名は山崎直樹。石川県出身で、現役時代は前頭二枚目まで昇進した実力者です。この記事では、2026年10月28日時点の公開情報をもとに、年齢や出身地、現役時代の成績、敗血症からの復帰経緯、日本相撲協会での役職、追手風部屋の所属力士一覧、指導方針までを整理します。
【2026年最新】追手風親方は現在どうしている?春場所で職務復帰

追手風親方は2026年10月現在、日本相撲協会の理事を務め、追手風部屋の師匠としても在籍しています。協会の公式プロフィールでは、現役時代の四股名を大翔山、本名を山崎直樹とし、役職を理事と記載しています。
大きな転機となったのは、2026年3月8日に初日を迎えた大相撲春場所です。日刊スポーツの同日付報道によると、追手風親方は3場所連続で職務を休んだ後、春場所初日に復帰しました。大阪のエディオンアリーナ大阪で、午前8時45分から約1時間半、入場券を確認する木戸の担当を務めています。
復帰時点では、まだ完全に体調が戻ったわけではありませんでした。本人は足腰が弱っていることや、杖を使っていることを説明し、「まだ体調は100%じゃない」と話しています。それでも実際に会場で職務に戻ったことは、療養生活から仕事への復帰を示す大きな節目でした。
加えて、2026年3月23日には日本相撲協会の評議員会で理事13人が選任され、追手風親方も親方衆から選ばれた理事の一人となりました。同月25日の新理事会見に関する報道では、地方場所部長の名古屋担当に就くことも伝えられています。
つまり、2026年の追手風親方は、病気からの職務復帰を果たしただけでなく、協会の役員としても新たな責任を担う立場になっています。ただし、3月の復帰報道以降、体調の回復度合いを具体的に示す本人の新たな発言は広く伝えられていません。現在の役職と、健康状態が完全に回復したかどうかは分けて考える必要があります。
【病気の真相】追手風親方は敗血症で何があったのか
追手風親方の病気について、2026年3月8日の日刊スポーツは、本人が病名を敗血症と明かしたと報じています。本人の説明によると、入院期間は約4カ月に及び、手術は5〜6回受けたといいます。
敗血症は、感染症に対する身体の反応が制御できなくなり、臓器の機能障害などを引き起こすことがある重篤な病態です。一般に迅速な医療対応が必要とされますが、追手風親方がどのような感染症をきっかけに発症したのか、どの部位を手術したのかといった具体的な医療情報は、報道では詳しく説明されていません。
本人は復帰時、体重は変わっていないものの、入院によって足腰が弱ってしまったと説明しました。食事については問題なく取れていたことにも触れ、療養中の様子を語っています。長期間の入院に加えて複数回の手術を経験したことからも、復帰が簡単なものではなかったことがうかがえます。
ここで押さえておきたいのは、病名が公表されたことと、発症の原因やその後の経過がすべて明らかになったことは別だという点です。敗血症の原因、手術の具体的な内容、後遺症の有無、今後の治療計画については、報道された情報だけでは判断できません。
また、春場所での復帰は、本人が仕事に戻ったことを意味しますが、健康状態が完全に回復したことを証明するものではありません。3月の取材で本人が「まだ体調は100%じゃない」と述べた事実は、復帰と全快を区別するうえで大切です。
追手風親方の病気について検索する際は、「敗血症だった」「約4カ月入院した」「5〜6回の手術を受けた」という本人の説明に基づく情報と、原因や予後についての推測を混同しないことが大切です。
【プロフィールと経歴】本名・年齢・出身地・元大翔山の成績
追手風親方は、現役時代に大翔山の四股名で活躍した元幕内力士です。日本相撲協会の年寄プロフィールによると、本名は山崎直樹、生年月日は1966年7月7日、出身地は石川県鳳珠郡穴水町。2026年10月28日時点で60歳です。
相撲の実績は、学生時代から際立っていました。追手風部屋公式サイトのプロフィールでは、日本大学経済学部を卒業し、学生横綱やアマチュア横綱などのタイトルを12獲得したと紹介されています。大学卒業と同じ1989年に角界入りし、幕下付け出しで初土俵を踏みました。
日本相撲協会の公式記録では、1990年5月場所に新十両、同年9月場所に新入幕。最高位は前頭二枚目で、幕内では金星3個、敢闘賞1回を記録しています。現役時代の大翔山は、右四つや寄り切り、下手投げを得意とした力士でした。
以下は、日本相撲協会の公式プロフィールと追手風部屋公式サイトの経歴情報を整理した年表です。
| 時期・項目 | 出来事・記録 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 1966年7月7日 | 石川県鳳珠郡穴水町に生まれる | 本名は山崎直樹 |
| 大学時代 | 日本大学経済学部で学ぶ | 学生横綱・アマチュア横綱などタイトル12 |
| 1989年1月場所 | 大翔山として初土俵 | 幕下付け出しで角界入り |
| 1990年5月場所 | 新十両 | 十両優勝1回 |
| 1990年9月場所 | 新入幕 | 幕内最高位は前頭二枚目 |
| 現役時代の通算成績 | 266勝252敗33休 | 42場所、幕内戦歴153勝176敗1休 |
| 現役時代の主な実績 | 金星3個、敢闘賞1回 | 幕内優勝・殊勲賞・技能賞はなし |
| 1995年11月場所 | 現役引退 | 日本相撲協会の公式記録に記載 |
| 1998年 | 年寄・追手風を襲名し、追手風部屋として独立 | 師匠として後進の育成を開始 |
| 2026年3月 | 春場所で職務復帰、同月に理事へ選任 | 協会の役員としても活動 |
現役時代の通算成績は266勝252敗33休で、幕内在位は22場所です。幕内優勝こそありませんが、金星3個と敢闘賞1回を残しました。最高位の前頭二枚目は、幕内上位で横綱や大関と対戦する位置です。金星を3個獲得した実績は、上位力士との対戦でも結果を残したことを示しています。
なお、現役引退は1995年11月場所ですが、追手風部屋として独立したのは1998年です。引退と部屋の創設は同じ年ではありません。この時間差を押さえると、力士としての経歴から指導者としての歩みまで、より正確に理解できます。
【追手風部屋の現在】大栄翔・翔猿・日翔志と所属力士一覧
追手風親方が師匠を務める追手風部屋は、埼玉県草加市瀬崎に所在する相撲部屋です。日本相撲協会の公式部屋紹介では、師匠は追手風直樹、部屋付きの親方として北陣、立田山、高島、鏡山の各親方が掲載されています。
2026年10月26日に発表された九州場所の新番付では、追手風部屋の所属力士は19人。関取は大栄翔、翔猿、日翔志の3人です。秋場所の成績を受けて番付が動いており、九州場所では大栄翔が西前頭四枚目、翔猿が西十両二枚目、日翔志が西十両七枚目となりました。
大栄翔は追手風部屋を代表する力士の一人で、最高位は関脇。突き・押しを得意としています。2026年9月場所では西小結で5勝10敗となり、九州場所は前頭四枚目から巻き返しを狙います。
翔猿は、動きの速さや機動力を持ち味とする力士です。2026年9月場所は東前頭十四枚目で4勝11敗となり、九州場所では十両に番付を下げました。一方、日翔志は秋場所の西十両十一枚目で9勝6敗と勝ち越し、九州場所は西十両七枚目へと番付を上げています。
日本相撲協会の部屋紹介と、2026年11月場所の新番付に基づく所属力士一覧は次のとおりです。番付は九州場所のもので、11月場所の取組成績を示すものではありません。
- 幕内:大栄翔(西前頭四枚目)
- 十両:翔猿(西十両二枚目)、日翔志(西十両七枚目)
- 幕下:大喜翔(西幕下六枚目)、竜翔(東幕下七枚目)、大森(東幕下十一枚目)、大皇翔(西幕下十六枚目)、大雄翔(東幕下十八枚目)、可貴(西幕下三十枚目)、大斧(東幕下四十二枚目)
- 三段目:大飛翔(西三段目四十七枚目)
- 序二段:薩摩翔(東序二段二十二枚目)、大典翔(東序二段三十四枚目)、大志翔(東序二段五十枚目)、大翔樹(西序二段五十六枚目)、大國(西序二段六十八枚目)、大翔(西序二段七十二枚目)、大馬翔(西序二段七十四枚目)、大翔碧(東序二段八十枚目)
部屋の現状を把握するうえでは、看板力士の番付だけでなく、幕下以下の力士の成長にも注目したいところです。2026年九州場所の新番付では、幕下七枚目に上がった竜翔、幕下十一枚目に上がった大森など、自己最高位を更新した力士もいます。関取3人の活躍とともに、次の関取を目指す力士がどこまで番付を上げられるかが、部屋全体の注目点になります。
【歴代師匠と指導方針】追手風親方はどんな部屋を目指しているのか
追手風部屋の歴史をたどると、現在の部屋は1998年に独立して成立したもので、師匠を務めてきたのは元大翔山の追手風親方です。1903年から1965年まで存在した同名の旧追手風部屋とは系譜が異なるとされ、現在の部屋の歩みは山崎直樹親方が独立して以降の歴史として捉える必要があります。
追手風部屋公式サイトの師匠挨拶では、親方は自らの現役時代を振り返り、病気やけがによって思いどおりに身体が動かなくなり、引退を余儀なくされた経験を明かしています。その後、年寄・追手風を襲名し、部屋を独立させて後進の指導に取り組んできました。
同サイトが掲げる指導の目標は、強さだけを追求するのではなく、「礼節を重んじ、人間として完成した力士」を育てることです。部屋一丸となって横綱を目指すという目標も示しています。勝敗や番付だけでなく、礼儀や人間性を重視する姿勢が、公式に表明されている指導方針です。
この方針を考えるうえで重要なのは、追手風親方自身が学生相撲で実績を積み、幕内上位まで進んだ一方、病気やけがを経験して引退したことです。現役時代の経験を、次世代の力士を育てる立場に生かしてきた歩みが、師匠としての経歴につながっています。ただし、個々の弟子に対してどのような稽古メニューや指導方法を用いているかについて、公開情報だけから一律に断定することはできません。
また、追手風親方の役割は部屋の師匠だけにとどまりません。2026年3月の理事選任後は、名古屋場所を担当する地方場所部長の職務も担っています。相撲部屋の運営と協会全体の業務を両立させることになり、病気からの復帰後も責任ある立場に就いている点が、2026年の大きな変化です。
【噂と事実を整理】追手風親方の真相を知るための判断基準
追手風親方について調べる際には、病気に関する報道、本人の経歴、協会の役職、部屋の所属力士という異なる情報を分けて見ることが大切です。特に、健康状態についての情報は、報道された時点と現在の状況を混同しないようにする必要があります。
- 「追手風親方は敗血症だった」という情報:2026年3月8日付の日刊スポーツが、本人の説明として報じています。病名や入院期間、手術回数は報道で示されています。
- 「すでに完全回復した」という見方:3月の復帰時点で本人は体調が100%ではないと説明しています。その後の回復度合いを具体的に示す情報は広く報じられていません。
- 「現在も職務に復帰していない」という見方:2026年3月8日の春場所で職務復帰が報じられ、同月23日には協会の理事に選任されています。
- 「追手風部屋は大栄翔と翔猿だけの部屋」という見方:九州場所の新番付では日翔志も関取として在籍し、幕下以下を含めて所属力士は19人です。
- 「引退した年に部屋を創設した」という見方:公式プロフィールに記載された引退場所は1995年11月場所、部屋として独立したのは1998年です。
また、敗血症の発症原因や手術の詳細など、本人が公表していない医療情報については、具体的な病名が明らかになったことだけを根拠に推測することはできません。追手風親方の現在を正しく理解するには、日本相撲協会の公式プロフィール・職務分掌、追手風部屋公式サイト、日刊スポーツなどの取材報道を照らし合わせるのが有効です。
今後の注目点は、本人の健康状態に関する新たな説明があるかどうか、理事としての職務をどのように担うか、そして追手風部屋の力士たちが九州場所でどのような成績を残すかです。特に大栄翔の幕内上位への再浮上、翔猿の十両からの巻き返し、日翔志のさらなる番付上昇は、部屋の勢いを測る材料になります。
【追手風親方】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:追手風親方の本名と年齢、出身地は? A1:本名は山崎直樹です。1966年7月7日生まれで、2026年10月28日時点では60歳。出身地は石川県鳳珠郡穴水町です。
Q2:追手風親方は何の病気で入院していた? A2:2026年3月8日付の日刊スポーツによると、本人が敗血症だったことを明かしています。約4カ月間入院し、5〜6回の手術を受けたと報じられました。具体的な発症原因や手術内容は詳しく公表されていません。
Q3:追手風親方は現在、日本相撲協会の理事なの? A3:はい。2026年3月23日に行われた協会の評議員会で理事に選任されました。同月の新理事会見に関する報道では、地方場所部長の名古屋担当に就いたことも伝えられています。
Q4:追手風部屋には現在どんな力士が所属している? A4:2026年11月場所の新番付では19人が掲載されています。関取は大栄翔、翔猿、日翔志の3人です。幕下以下にも大喜翔、竜翔、大森、大皇翔、大雄翔などが所属しています。
Q5:元大翔山の現役時代の最高位と成績は? A5:最高位は前頭二枚目で、通算成績は266勝252敗33休です。幕内戦歴は153勝176敗1休。金星3個、敢闘賞1回を記録し、十両優勝1回、幕下優勝2回の実績もあります。
まとめ:追手風親方の現在と今後の注目点
追手風親方は、元大翔山として幕内上位で活躍した山崎直樹親方です。2026年3月、敗血症による約4カ月の入院と複数回の手術を経て春場所で職務に復帰し、その後は日本相撲協会の理事にも選任されました。10月現在、協会の公式プロフィールでも理事として掲載されています。
一方、復帰時には本人が体調は100%ではないと説明しており、その後の健康状態については、具体的な続報と区別して考える必要があります。現在の肩書きだけを根拠に完全回復と判断することはできません。
追手風部屋では、大栄翔、翔猿、日翔志の関取3人に加え、幕下以下の力士たちも番付上昇を目指しています。師匠が掲げる礼節と人間性を重視した指導方針、そして協会理事としての役割を踏まえると、今後は本人の健康に関する新たな情報と、部屋の力士たちの成長の両方に注目したいところです。
追手風親方の現在を理解するうえで大切なのは、病気からの復帰という個人の歩みだけでなく、指導者として築いてきた部屋の歴史と、2026年に新たに担う協会運営の責任を合わせて見ることです。