2026年10月26日現在、大相撲では千代丸、大翔丸、英乃海、剣翔、矢後ら、幕内や十両を経験した力士たちが相次いで現役を退いています。日本相撲協会の公式発表を基準にすると、2026年に引退した関取経験者は9月までに10人。加えて、9月場所の引退力士情報には矢後を含む力士が掲載され、下位番付の力士たちも土俵を去りました。
気になるのは、引退した力士の最高位や通算成績だけではありません。千代丸は引退後に若者頭へ転身し、剣翔は飲食店経営など新たな道を歩み始めています。一方、英乃海や大翔丸については、引退後の進路と引退理由を分けて確認する必要があります。2025年の引退者、貴景勝や妙義龍の現在、元力士が親方になる条件まで、公式発表と報道資料をもとに整理します。
【2026年最新】最近引退した力士は誰?日本相撲協会の公式発表を整理

最近引退した力士を調べる際、まず確認したいのが日本相撲協会の「引退力士情報」と「協会からのお知らせ」です。引退届の受理や理事会の承認が公式に発表されるため、報道された引退意向や断髪式の日程と混同せず、引退の事実を確認できます。
2026年は、元幕内の大奄美、大翔鵬、千代丸、英乃海、剣翔、大翔丸、矢後に加え、元十両の紫雷、千代栄、勇磨が引退しました。いずれも十両以上の経験がある力士です。最高位は横綱や大関ではなく、幕内上位から十両まで幅がありますが、長年にわたり大相撲を支えてきた顔ぶれです。
9月場所については、公式の引退力士情報に9月25日発表の矢後と、9月30日発表の下位番付の力士8人が掲載されています。矢後の最高位は前頭10枚目。9月30日発表分には三段目、序二段、序ノ口、番付外の力士が含まれます。つまり、2026年9月までの引退情報を確認するときは、関取経験者の一覧と、全番付を対象とした場所別の一覧を分けて見ることが大切です。
なお、2026年の関取経験者10人という数字は、引退した力士全員の人数ではありません。幕下以下で現役を終えた力士も公式の引退力士情報に掲載されるため、年別の総数と関取経験者数は一致しません。
【一覧表】2026年に引退した関取経験者10人の最高位・発表日・引退後
以下は、2026年に引退した関取経験者10人を、日本相撲協会の発表日と力士プロフィールを中心にまとめた一覧です。最高位は現役時代に到達した最上位であり、引退時点の番付とは異なります。
| 発表日 | 四股名 | 最高位 | 引退後の状況 |
|---|---|---|---|
| 1月16日 | 大奄美 | 前頭11枚目 | 協会の引退発表に具体的な進路の記載なし |
| 2月13日 | 大翔鵬 | 前頭9枚目 | 協会の引退発表に具体的な進路の記載なし |
| 3月6日 | 紫雷 | 十両2枚目 | 協会の引退発表に具体的な進路の記載なし |
| 3月20日 | 千代栄 | 十両8枚目 | 協会の引退発表に具体的な進路の記載なし |
| 3月23日 | 千代丸 | 前頭5枚目 | 若者頭に就任 |
| 3月23日 | 英乃海 | 前頭6枚目 | 協会の引退発表に具体的な進路の記載なし |
| 4月6日 | 剣翔 | 前頭6枚目 | 焼肉店経営、芸能活動 |
| 5月25日 | 勇磨 | 十両13枚目 | 協会の引退発表に具体的な進路の記載なし |
| 7月25日 | 大翔丸 | 前頭5枚目 | 引退会見時点では今後の活動は未定 |
| 9月25日 | 矢後 | 前頭10枚目 | 協会の引退発表に具体的な進路の記載なし |
発表日は、日本相撲協会の告知に基づいています。引退後の状況は、2026年10月26日までに公表された情報を反映しています。「進路の記載なし」は、将来の活動が決まっていないと断定する意味ではなく、協会の引退発表に具体的な進路が記されていないという意味です。
この一覧から分かるのは、最高位が幕内の前頭だった力士でも、引退後の選択は一様ではないという点です。協会に残って若者頭として働く道もあれば、飲食店などの民間事業に軸足を移す道もあります。引退発表だけでは、その後の生活や仕事まで分からないケースも少なくありません。
【千代丸・大翔丸・英乃海】最高位と通算成績、引退の経緯を比較
千代丸|前頭5枚目まで昇進し、若者頭へ転身
千代丸は九重部屋に所属し、2007年5月場所で初土俵を踏みました。2013年9月場所で新十両、2014年3月場所で新入幕を果たし、最高位は前頭5枚目です。日本相撲協会の力士プロフィールによると、生涯戦歴は614勝631敗44休(112場所)。幕内では201勝262敗2休(31場所)を記録し、十両優勝は1回です。
2026年3月23日、日本相撲協会は千代丸の引退届を受理し、今後は若者頭になると発表しました。協会の若者頭一覧にも千代丸の名前が掲載されています。2026年4月には新弟子の運動能力検査を補助する姿も報じられ、土俵で戦う立場から、相撲界を支える側へと役割が変わりました。
若者頭は、親方とは異なる立場で、相撲界の運営や若い力士を支える仕事を担います。千代丸の場合、引退後の進路は公式発表によって明確になっているため、「現在は何をしているのか」という疑問には、若者頭として協会の業務に携わっていると答えられます。
大翔丸|通算405勝、幕内在位19場所のキャリア
大翔丸は追手風部屋に所属し、2014年3月場所で初土俵を踏みました。日本大学出身で、最高位は前頭5枚目。日本相撲協会の公式プロフィールによると、生涯戦歴は405勝440敗1休(74場所)、幕内戦歴は127勝158敗(19場所)です。幕下優勝は1回でした。
2026年7月25日、日本相撲協会は大翔丸の引退を発表しました。引退直前の名古屋場所では西幕下57枚目に在位し、3勝4敗で負け越していました。2022年の名古屋場所で幕下に陥落して以降、関取への復帰を果たせなかったことも、現役生活を振り返るうえで重要な経緯です。
翌26日の引退会見について、日刊スポーツは、幕下に落ちたころから悩みがあり、体が思うように動かず、自分の目指す相撲が取れなくなったことを決断の理由として報じています。引退後の活動や断髪式については、会見時点で未定とされました。
大翔丸の引退理由は、単純に成績だけで説明できるものではありません。幕内で19場所を務めた実績があっても、本人が求める相撲を取り続けられるかどうかは別の問題です。引退後の進路についても、現段階では具体的な発表と本人の意思を区別して捉える必要があります。
英乃海|最高位前頭6枚目、通算500勝を超える実績
英乃海は木瀬部屋に所属し、2012年5月場所で初土俵を踏みました。2014年11月場所で新十両、2015年7月場所で新入幕を果たし、最高位は前頭6枚目です。日本相撲協会の公式プロフィールでは、生涯戦歴は541勝539敗22休(83場所)、幕内戦歴は70勝108敗17休(13場所)。十両優勝は1回です。
2026年3月23日、日本相撲協会は英乃海の引退届を受理したと発表しました。公式告知には、引退届の受理が記されていますが、引退理由の詳細や引退後の具体的な進路までは記載されていません。
そのため、「英乃海はなぜ引退したのか」という疑問に対しては、公式発表で確認できる引退の事実と、理由に関する報道がある場合の内容を分けて考える必要があります。引退したという事実だけから、けがや体力の限界など特定の事情を断定することはできません。
千代丸、大翔丸、英乃海の3人は、いずれも幕内を経験した力士ですが、引退後の情報には違いがあります。千代丸は若者頭への転身が発表され、大翔丸は引退会見で決断の背景を語り、英乃海は協会の告知で引退が公表されました。現役時代の最高位が近くても、引退後の状況まで同じとは限りません。
【2025年に引退した力士一覧】照ノ富士・北勝富士・宝富士・遠藤らの現在
2025年に引退した関取経験者を、引退の公式発表があった年で整理すると、照ノ富士、北勝富士、水戸龍、宝富士、遠藤の5人が挙げられます。2026年の引退者と比較すると、年寄名跡を襲名して協会に残った力士が多いことが特徴です。
- 照ノ富士:第73代横綱。2025年1月17日に引退と年寄「照ノ富士」の襲名が承認され、同年6月には年寄「伊勢ヶ濱」を継承しました。幕内優勝10回を誇り、現在は伊勢ヶ濱親方として部屋を率いています。
- 北勝富士:最高位は小結。2025年5月に引退し、年寄「大山」を襲名しました。
- 水戸龍:最高位は前頭13枚目。2025年9月19日に引退届が受理されました。協会の引退告知では、年寄襲名についての発表はありませんでした。
- 宝富士:最高位は関脇。2025年10月1日に引退と年寄「桐山」の襲名が発表されました。
- 遠藤:最高位は小結。2025年11月1日に引退と年寄「北陣」の襲名が承認されました。
照ノ富士は、度重なるけがや病気によって大関から序二段まで番付を落としながら、再び横綱へと昇り詰めた力士です。日本相撲協会の公式プロフィールでは、幕内優勝10回、生涯戦歴523勝275敗231休という記録が確認できます。引退後も年寄として協会に残り、2025年6月には伊勢ヶ濱部屋の師匠を引き継ぎました。
北勝富士、宝富士、遠藤も、年寄名跡を襲名して協会に残る道を選びました。一方、2026年の関取経験者では、千代丸の若者頭への転身が公表されているものの、同年に引退した全員が親方になったわけではありません。
この違いを理解するには、引退者の人数だけでなく、年寄襲名の有無やその後の役職まで追うことが大切です。また、2024年12月に引退届が受理された阿武咲や旭大星は、引退発表の年で分類する場合、2025年の引退者には含めません。年別一覧を比較するときは、引退場所と発表日のどちらを基準にしているかを確認しましょう。
【貴景勝・妙義龍】引退理由と2026年現在の活動
貴景勝|元大関から湊川部屋の師匠へ
貴景勝は2024年9月、28歳1か月で現役を引退しました。最高位は大関で、幕内優勝は4回。引退時には頸椎椎間板ヘルニアによる休場もあり、会見では体力と気力の限界を引退の理由として説明しました。
日本相撲協会は2024年9月20日、貴景勝の引退と年寄「湊川」の襲名を承認しています。引退後は部屋付き親方として後進の指導に携わり、2026年1月には常盤山部屋を継承して湊川部屋の師匠となりました。2026年3月の神戸新聞NEXTのインタビューでも、元貴景勝の湊川親方が若い力士を育てる立場で活動していることが報じられています。
貴景勝の例は、引退が相撲界からの離脱を意味するわけではないことを示しています。現役時代に培った技術や経験を、今度は指導者として次世代へ伝える道があります。
妙義龍|膝の故障と身体の変化を経て振分親方に
妙義龍は2024年9月24日に引退し、年寄「振分」を襲名しました。最高位は関脇で、長年にわたり幕内で活躍した実力者です。引退直前の秋場所は膝の故障で全休しており、左膝の変形性膝関節症も報じられました。
日刊スポーツが報じた引退会見では、妙義龍は2、3年ほど前から自分の相撲が思うように取れず、武器だったスピード感や身体の柔軟性が以前と違うと感じていたことを明かしています。特定の一番が引退の直接のきっかけになったというより、身体の変化を長期的に受け止めたうえでの決断でした。
妙義龍も引退後は相撲協会に残り、振分親方として後進の育成に携わっています。貴景勝と妙義龍は引退時期も年齢も異なりますが、現役時代の経験を指導へつなげるという共通点があります。
【親方になる条件と引退後の進路】元力士はどうやって第二の人生を選ぶ?
親方になるには成績要件と年寄名跡が必要
大相撲で一般に「親方」と呼ばれる立場の正式名称は「年寄」です。現役引退後に年寄を襲名するには、日本相撲協会の規定に基づく資格要件を満たす必要があります。一般的な基準として、次のいずれかに該当することが大切です。
- 幕内在位が通算20場所以上。
- 幕内と十両を合わせた関取在位が通算30場所以上。
- 関脇または小結以上の三役を経験していること。
これらは一般的な年寄襲名の成績要件です。実際に親方として協会に残るには、日本国籍や年寄名跡に関する条件、協会の承認なども関係します。成績要件を満たせば自動的に親方になれるわけではありません。
加えて、自分の相撲部屋を新設して師匠になる条件は、一般の年寄襲名とは別です。日本相撲協会が説明する独立の基準には、横綱・大関経験者、三役通算25場所以上、幕内通算60場所以上などがあります。既存の部屋を継承する場合は別の扱いとなるため、「親方になれる条件」と「部屋を持てる条件」は区別して理解する必要があります。
若者頭・飲食店経営・芸能活動という選択肢
年寄を襲名しない場合でも、引退後の道が閉ざされるわけではありません。千代丸のように若者頭へ転身し、相撲協会の運営を支える仕事に就くケースがあります。若者頭は年寄とは異なる役職であり、親方になったという意味ではありません。
また、2026年4月に引退した剣翔は、焼肉店「桃松苑」の経営を続けながら、SUMOエージェンシーに所属して芸能活動を始めました。日刊スポーツの報道では、引退後に焼肉店の代表取締役社長となり、店頭で接客にも携わっていることが伝えられています。現役時代に築いた知名度や人脈を、新たな仕事に生かす例です。
そのほか、元力士の進路には飲食業、スポーツ関連の仕事、相撲の普及活動などがあります。ただし、こうした選択肢がすべての元力士に同じように当てはまるわけではありません。本人の経験、資金、資格、人脈、希望する働き方によって、現実的な進路は変わります。
【プロの結論】最近引退した力士を調べるときの3つの判断基準
最近引退した力士について情報を集めるときは、次の3点を押さえると、引退の事実とその後の状況を混同せずに把握できます。
1.引退発表日と引退場所を分けて確認する。日本相撲協会の公式発表には、引退届が受理された日や理事会で承認された日が記載されます。一方、最後に出場した本場所や断髪式は別の日程です。年別一覧を作る際は、どの基準で年を区切っているかを確認しましょう。
2.最高位と引退時の番付を混同しない。千代丸の最高位は前頭5枚目ですが、引退場所の番付は三段目でした。大翔丸も最高位は前頭5枚目で、引退時は幕下でした。最高位は現役時代の到達点を示し、引退時の番付は最後に置かれていた地位を示します。両方を見比べることで、力士のキャリアをより正確に理解できます。
3.引退後の進路は、発表された事実で判断する。年寄襲名、若者頭への就任、飲食店経営などは、それぞれ異なる進路です。引退が発表されたからといって、必ず親方になるわけではありません。また、協会の発表に進路が記載されていない場合も、その時点で進路が決まっていないと断定することはできません。
この3点を押さえると、引退者の名前だけを並べた一覧よりも、各力士の実績や引退後の変化を正確に理解できます。特に2026年は、幕内経験者の引退と若者頭への転身、民間事業への進出が同じ年に見られ、引退後の道が一つではないことが分かります。
【最近引退した力士】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年に引退した関取経験者は何人ですか?
A1:2026年9月までに10人です。大奄美、大翔鵬、紫雷、千代栄、千代丸、英乃海、剣翔、勇磨、大翔丸、矢後が該当します。これは十両以上の経験者に限った人数で、幕下以下の引退者は別に存在します。
Q2:千代丸は引退後、現在何をしていますか?
A2:2026年3月に引退し、若者頭に転身しました。日本相撲協会の若者頭一覧にも掲載されており、現役力士から相撲界を支える側へと役割を変えています。
Q3:引退した力士は全員、親方になれるのですか?
A3:いいえ。親方になるには、年寄襲名の成績要件や年寄名跡などの条件を満たす必要があります。千代丸のように若者頭になるケースや、剣翔のように飲食店経営など民間の仕事に進むケースもあります。
まとめ:2026年の引退力士と今後の動向を正しく追うために
2026年10月26日現在、関取経験者では千代丸、大翔丸、英乃海、剣翔、矢後ら10人が引退しています。最高位や通算成績を振り返ると、それぞれが異なるキャリアを歩んできたことが分かります。千代丸は若者頭へ、剣翔は飲食店経営と芸能活動へ進み、貴景勝や妙義龍は年寄として後進の育成に携わっています。
引退力士の情報を調べる際は、日本相撲協会の引退力士情報と公式プロフィールを基本に、引退後の活動については本人の発表や信頼できる報道を併せて確認することが大切です。引退発表、最後の本場所、断髪式、年寄襲名はそれぞれ異なる出来事です。これらを区別して追うことで、最近引退した力士の実績だけでなく、第二の人生まで正確に把握できます。
2025年から2026年にかけての引退者を年別に整理する際も、関取経験者だけの一覧なのか、幕下以下を含む全引退者の一覧なのかを確認しましょう。引退した年別の情報と、引退後の進路を組み合わせて見ることが、大相撲の世代交代を理解するための確かな手掛かりになります。