『ありがとう浜村淳です』の終了日を調べる際は、平日版と土曜版を分けて考える必要があります。2024年3月に終わったのは平日の放送であり、番組シリーズ全体が終了したのは2026年9月です。
- 2024年3月29日(金): 平日版『ありがとう浜村淳です』が最終回を迎えた。
- 2024年3月30日(土): 土曜版『ありがとう浜村淳です土曜日です』は継続。
- 2026年7月10日(金): MBSラジオが9月末でのレギュラー放送終了を発表。
- 2026年9月26日(土): 土曜版が最終回を迎え、レギュラー放送が終了した。
2026年10月28日現在、『ありがとう浜村淳です』は通常番組として放送されていません。ただし、これは浜村淳さんがラジオから完全に引退したという意味ではありません。別番組『浜村淳の歌の宝石箱』は引き続き放送されています。
【番組の歴史】1974年の放送開始から終了までを年表で振り返る

『ありがとう浜村淳です』は、1974年4月8日に毎日放送の平日朝の番組としてスタートしました。2023年4月8日には放送開始から50年目に入り、2024年4月には満50年を迎えています。
一方、土曜日の放送には別の経緯があります。前身番組『ごめんやす浜村淳です』が1972年に土曜日の番組として始まり、1977年2月に『ありがとう浜村淳です土曜日です』へとタイトルが変更されました。このため、番組の歴史を語る際には、1974年開始の平日版と、1972年にさかのぼる土曜番組の系譜を区別することが大切です。
なお、「55年続いた番組」という表現を見かける場合は、年数の数え方に注意が必要です。1974年開始の『ありがとう浜村淳です』は2026年に52年目を迎えた番組です。1972年開始の前身番組まで含めれば、ラジオ番組の系譜は約54年に及びます。MBSラジオの公式ページでも、終了記念の展示や特別番組は「52年間の歴史」として紹介されました。
【終了理由を検証】秋の改編と世代交代、長時間生放送への配慮
2026年9月末の終了について、MBSラジオは公式に「今年秋の改編に伴い」レギュラー放送を終了すると発表しました。加えて、7月14日の社長会見では、原厳一郎社長が決断の背景を説明しています。
説明の中心にあったのは、次の3点です。
1.世代交代を進める必要性
原社長は、浜村さんが91歳であることに触れ、ラジオ局として将来を見据えた世代交代が重要だとの考えを示しました。浜村さんを大切な存在と評価する姿勢と、番組編成を次の世代へ引き継ぐ判断は、同時に成り立つものです。
2.長時間の生放送による負担への懸念
社長は、浜村さんが2026年4月に3週間入院したことが、終了を考えるきっかけになったと説明しました。リスナーから健康を心配する声が寄せられたことも踏まえ、長時間の生放送が負担になる可能性を考慮したとしています。
3.番組を続けることと、区切りを設けることの両立
浜村さん本人は、終了発表後の7月の放送で、仕事がしんどいという感覚を否定しつつ、さまざまな事情があることにも言及しました。したがって、「本人がラジオを続けられなくなったから終了した」と単純化するのは正確ではありません。局側の世代交代方針、長時間生放送への配慮、本人との相談を合わせて見る必要があります。
また、終了理由を聴取率の低下やスポンサー離れと断定できる公表情報は、今回確認した公式発表や会見報道には見当たりません。少なくとも公に説明された決定の背景は、秋の番組改編と世代交代、浜村さんへの配慮です。
【浜村淳の現在】『歌の宝石箱』を継続、今後の活動にも意欲
2026年10月現在、浜村淳さんがレギュラー出演を続けている番組は、MBSラジオの『浜村淳の歌の宝石箱』です。日曜日の午前5時30分から放送されており、『ありがとう浜村淳です』の終了後も番組が継続することは、MBSラジオの番組案内でも確認できます。
9月30日、浜村さんは『ありがとう浜村淳です』の終了後、MBSラジオで取材に応じました。日刊スポーツの報道によると、現在の活動について「100歳までラジオでしゃべりたい」と意欲を示し、『歌の宝石箱』をできる限り長く続けたい考えを明かしています。
また、映画や宝塚歌劇を今後も楽しみ、その情報をYouTubeで発信できれば面白いという考えも語りました。ただし、これは将来への意欲であり、YouTubeでの本格的な活動をすでに開始したという意味ではありません。
終了後も、MBSラジオは8月31日に特別番組『ありがとう浜村淳ですSP~MBSラジオ52年の軌跡~』を放送し、8月29日から9月6日には本社1階で歴史を振り返る展示会を開催しました。長年の放送を振り返る機会を設けたことからも、番組の終了が浜村さん個人の活動全体の終了とは別の節目であることが分かります。
【後継番組を比較】『ヤマヒロのぴかっとモーニング』と新しい土曜枠は何が違う?
平日版の終了後、2024年4月1日にスタートしたのが、フリーアナウンサーの山本浩之さんがパーソナリティーを務める『ヤマヒロのぴかっとモーニング』です。2026年9月の土曜版終了後には、福島暢啓アナウンサーと出世凪沙さんが出演する『サタデーモーニングリゾート』が後継番組として編成されました。両番組は、同じ朝の時間帯でも目指す番組像が異なります。
平日枠:『ヤマヒロのぴかっとモーニング』
『ありがとう浜村淳です』の名物コーナーの一つが、新聞記事を取り上げる「今朝の新聞から」でした。朝のニュースを浜村さんの語り口で紹介する構成は、番組を象徴する存在でした。
後継番組では、8時台に「気になるニュースをぴかッとフラッシュ」を編成。新聞記事から出演者が気になったニュースを紹介する点では共通していますが、オープニングトークから直結する構成ではなく、山本さんとパートナーのクロストークを通じてニュースやスポーツを伝えます。コーナーも約30分と、従来の「今朝の新聞から」より短い構成です。
初回放送の2024年4月1日には、山本さんが浜村さんの新聞紹介の口調をまねながら、俳優の山田裕貴さんと西野七瀬さんの結婚を話題にしたことも報じられました。前番組への敬意を示しながら、新しい番組のスタイルを打ち出した場面でした。
土曜枠:『サタデーモーニングリゾート』
2026年秋の改編では、土曜朝の後継番組として『サタデーモーニングリゾート』がスタートしました。福島暢啓アナウンサーと出世凪沙さんの掛け合いに音楽を組み合わせ、家事や勉強、移動中にも楽しめる番組を目指すと案内されています。
この2つの後継番組に共通するのは、朝のラジオとして生活に寄り添うことです。一方、浜村さんの新聞解説や映画評論を中心とした独自の語りをそのまま再現するのではなく、それぞれのパーソナリティーと番組コンセプトに合わせた構成へ移っています。
【なぜ長く愛されたのか】新聞・映画・時事を結び付けた「浜村節」
『ありがとう浜村淳です』の魅力は、単に長期間放送されたことだけではありません。新聞記事、世の中の出来事、映画の紹介、リスナーからの便りを、浜村さん独自の語りで一つの朝の番組にまとめてきた点にあります。
特に映画評論では、作品のあらすじを結末まで紹介する語り口が知られていました。映画をまだ見ていない人には意外性がある一方、浜村さんの説明を聞くこと自体を楽しみにするリスナーもいました。作品の筋だけでなく、登場人物や演技、物語の背景を言葉で描くことが、映画評論家としての浜村さんの個性をラジオに生かしていました。
また、2024年3月29日の平日最終回では、浜村さんが番組に出演したゲストが1万人以上に上ると紹介したことが報じられています。新人時代に出演した俳優の名前も挙げられ、長年の番組が映画や芸能界との接点にもなっていたことがうかがえます。
ここで押さえておきたいのは、長寿番組の終了と、番組の価値が失われたことは同義ではないという点です。番組の終了は放送局の編成や世代交代の判断によって起こり得ます。一方、長年にわたって蓄積された語り口、映画や時事をめぐる解説、リスナーとの関係は、終了したからといって消えるものではありません。
【ありがとう浜村淳です】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:『ありがとう浜村淳です』はいつ終了しましたか?
A1:平日版は2024年3月29日、土曜版は2026年9月26日に終了しました。2026年9月26日が、レギュラー放送としての最終回です。
Q2:『ありがとう浜村淳です』の終了理由は何ですか?
A2:MBSラジオは2026年秋の番組改編に伴う終了と発表しました。社長は、世代交代の必要性と、浜村さんが4月に入院したことをきっかけに長時間生放送の負担を考慮したことを説明しています。
Q3:浜村淳さんは現在もラジオに出演していますか?
A3:はい。2026年10月現在、MBSラジオの『浜村淳の歌の宝石箱』への出演を続けています。本人もラジオでの活動を長く続けたい意向を語っています。
まとめ:番組の終了と浜村淳の活動は分けて考えたい
『ありがとう浜村淳です』は、1974年4月8日に始まった平日版が2024年3月29日に終了し、継続していた土曜版も2026年9月26日に最終回を迎えました。終了の背景には、秋の番組改編、世代交代、浜村さんへの負担の配慮がありました。
平日枠は『ヤマヒロのぴかっとモーニング』、土曜枠は『サタデーモーニングリゾート』へと引き継がれましたが、番組の構成や語り口はそれぞれ異なります。半世紀以上にわたる歴史を持つ番組が終わったことと、浜村淳さんの活動が続くことを混同しないのが、現在の状況を理解するポイントです。
今後も『浜村淳の歌の宝石箱』を通じて、映画や音楽、時代を語る浜村さんの声に触れることができます。『ありがとう浜村淳です』の終了は、関西ラジオの一つの時代の区切りであると同時に、長年親しまれた語り手の次の活動を見守る新たな出発点でもあります。